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 アイコン 獄誕おまけ小説

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パーティ開始から約2時間が経過した頃。

勢いで飲みほした酒もいいぐあいに体中を廻り、

ひとりは撃沈、ラグの上に大の字に体を投げ出して、規則正しい寝息を立てている。

沢田はと言うと、少し前に獄寺が用意してくれた甘いコーヒー味のカクテルを

ソファーに寄りかかりながら、ぺろぺろと味わいつつ飲んでいた。

(これ、はじめて飲んだけどすごいおいしいなぁ。

牛乳で割ったお酒なんて、こんなのもあるんだ。

…でももうすこしで飲み終わっちゃうや。

おかわりしてもいいかなぁ…?) 

少なくなってきたグラスの底を見つめると、ちらりと視線だけを隣にいる男の方に向けた。

その男獄寺はというと、パーティ開始時とあまり様子も変えずに、なぜか沢田が飲み残したチューハイの缶を前にして

赤くなったりニヤけたり、はたまた急に険しくなったりと百面相を繰り返している。

飲みたくもない気の抜けたチューハイを、彼が飲むべきが飲まないべきか迷っているのだろうと勘違いした沢田は

親切心で声をかけた。

「獄寺くん、ごめんね。それ無理に飲まなくてもいいよ?

炭酸も抜けちゃってるし、

ぬるくておいしくないでしょ?」

「い、いえっ!めっそうもありません!

じゅうだいめが召し上がっていたものを口にできるかと思うと、

つい変なことを考えて緊張してしまいまして…」

あははは〜、と彼は朗らかに笑う。

けれど何のことなのか、沢田には全く理解できなかった。

「俺は新しいの作ってもらったのに、君に飲み残しを押しつけるみたいな形になっちゃって…。

本当にごめんね」

獄寺が用意してくれた缶チューハイは数種類あって、沢田はそれを2缶ほど飲みほした。

そして3缶目に手にしたグレープフルーツ味のチューハイ。

それが沢田には少し酸味が強かったようで、少々飲み辛く、頑張って半分ほど飲みほしたのだけれど

自分の様子がおかしいことに気がついた獄寺が、気を利かせて新しいものを作ってくれたのだ。

(獄寺くんってホント、俺のこと良く見てるんだよなぁ…)

しかも彼が持ってきた酒が自分好みのドンピシャだったから、本当にものすごく感心してしまった。

「いいえ、俺のことは気にしないでください。

だってじゅうだいめ、コレあんまり美味そうじゃなかったじゃないっすか。

――俺の前では無理しなくてもいいんですよ?

俺はじゅうだいめにはいつも笑っててほしいんです。

ってカッコつけてますが、じゅうだいめのお口に合うものを用意できなかった俺がいけないんっすけどね…。

ホントすみません―」

ほんわか桜色に色付いた顔で、申し訳なさそうに微笑まれてしまえば、

なぜか胸の奥のほうがギュッと苦しくなったような気がして、

沢田はそこに手を当てて、着ていたパーカーを強く握りしめた。

「そういえばじゅうだいめ。

さっきから気になってたんですが、―そこにある紙袋って何ですか?」

そんな沢田の様子に気がついたそぶりも見せず、獄寺はテーブルの下に転がった紙袋を指差した。

(あっ、そういえば…)

沢田はそれに手を伸ばすと、中に入っていたラッピングされた中身だけを差し出した。

「―はい、コレ。

すっかり忘れてたよ。

リボーンとビアンキから、獄寺くんにだって―」

「……姉キとリボーンさんから?

…俺にですか?」

  「うん。

家出るときにリボーンから渡されたんだけど、確かにそう言ってたと思うよ」

獄寺がいぶかしがるのも無理ないこと。

実の姉のビアンキだけならともかく、リボーンも噛んでいるのだ。

あいつが男に贈り物をするなんて、ふつうありえない。

(そんな品物、俺だったら受け取るのも嫌だよ)

しかしリボーンを尊敬している彼は、俺が差し出したそれを

少し胡散臭げな顔をしながら受け取った。

「ちっと重いですね。

…危ないものじゃあないと祈りたいですが、姉キのことです。

万が一のこともありますから、じゅうだいめは少し離れていてくださいね」

そう言って、大ぶりなリボンを静かに解いて、恐る恐る包みの中に手をのばした。



「――わあ!すごいきれいな瓶!

これ、イタリア製かな?

…もしかして香水?」

俺はその包みから出てきたものを見て、思わず感嘆の声をあげた。

「さすがビアンキ!

俺じゃあこんなの思いつかないよ」

そこには、手のひらにおさまるほどの細工の施された美しい瓶と、

シルバーのリボンを掛けられた、やはり手のひらほどの大きさの黒い箱が入っていた。

「それにこの黒い箱はなんだろね。

…表になにか書いてあるけど、全然読めないや」

俺は彼の足もとに転がった、そのふたつに目を凝らした。

「あ、なんかコレ、この中に入ってる液体って、ほんのりピンク色してるんだね。

瓶の色かと思ったけど違うみたい。

…それにいいにおいがするよ!?

花の匂い?

やっぱりコロンかなんかなのかなぁ?

――ね?獄寺くん!」

めずらしい細工のそれらに心を奪われつつ、

俺は目の前の彼を見上げて、――そして思わず動きをとめた。

「――?」

自分と同じように包みから出てきたそれらを凝視したままの彼は、

なぜか真っ青な顔をして固まってしまっていたのだ――。

「……獄寺くん?

どうしたの?具合でも悪い…?」

俺はおそるおそる、彼に声をかけた。

(どうしたんだろう…?

ビアンキからって言っても、危ないものじゃなさそうだし。

でも様子が普通じゃないよね…?)

彼は瞳を見開いたまま、それからゆっくりと視線を外し、

そして俺の瞳を見つめてきた。

「……ごくでら、くん…?」

その瞳はゆらゆらと揺れていて、痛々しいものを含んだ色をしていた。

いつもきれいに輝いている緑色の瞳が、苦痛にゆがんでいる。

そしてなぜか、それは俺に向けられているのだ――。

「……どうしたの?

俺、なにも出来ないかもしれないけど、話くらいなら聞けるから―。

俺に何か言いたいことがあるんなら、無理しないで、言ってもいいんだよ…?」

すこしだけ距離を詰めてその顔を覗き込むと、

彼はびっくりしたように、少しだけ、さっと身を引いた。

「あっ、…すみません、俺。

……なんでもないんです。

案外俺の考えてることって、外に筒抜けなんだなぁって、少しびっくりしちまっただけで。

…じゅうだいめにも、心配を掛けてしまいましたね。」

そう言って俺を見つめる彼は、すこし悲しそうな顔をしていた。

でも、さっきとはまたちがう色をたたえた瞳が、俺の目を覗きこんで来る。

(――なんだろう、コレ―。

なんか、目が離せない…)

心臓を鷲掴みにされたみたいに、身動きがとれなくて――。

(熱いものが、瞳から流れ込んでくるみたいだ――)



何かを解りかけた―、その瞬間。

「――さぁ!もう一回飲みなおしましょうか!

俺、新しい酒作ってきますね!?

彼は転がっていた瓶と箱をサッと包みに入れ直すと、

壁際に追いやり、急に体の向きを変えて立ち上がった。

「じゅうだいめはさっきのと同じでいいですか? 

それとも違うの作りましょうか?」

もう先程の雰囲気はどこにもない。

ニカッと笑って俺を見下ろしてくる。

  俺はその様子にあっけにとられながら、適当に相づちを打った。

「う、うん。……おんなじので」

「はいっ!了解しました!

では作ってきますから、ちょっと待っててくださいね」

そしてあっという間にキッチンへと消えていってしまった。

(――いったいさっきのは何だったの…?)

俺は意味も分からないまま、彼の消えた方向を

いつまでも見つめていた。





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